所属学会等
大学教育学会
図解を用いた自己表現教育の実験報告
久恒啓一
宮城大学 事業構想学部

 平成9年度に開学した宮城大学において、筆者は「自己表現」をテーマとした3つの科目(情報表現論・知的生産の技術・プレゼンテーションの技術)を担当している。ここでは「図解」を用いた自己表現教育(情報表現論)についての実験の報告を行う。 学校教育は「読む・考える・書く」能力を養成することを課題としているが、社会で仕事をする場合に必要とされるのは、人の話を聞き、ものを読み「理解する能力」、新しいことを考え出す「企画する能力」、そして相手にあわせて情報を「伝達する能力」という3つの基本的な能力とそのバランスである。それは自分や他人とのコミュニケーション能力ともいうことができる。
 学校教育においては、その能力を獲得するための基本的なツールは文章であった。文章を読む力、文章で考えをまとめる力、文章で書く力、である。現在の自己表現教育においては、文章に偏りすぎているという考えのもと、大学の講義において筆者が行ったのは「図解」を自己表現に用いるという実験である。 図解による表現は、全体の構造と部分同士の関係を表すことができるのが大きな特長である。文章が前後という一次元の表現方法であるのに対して、図解は上下・左右という空間を使って対象と構造の関係を立体的に表現できる手法である。図解で表現をするためには個々の事実や思考の断片を並べ、配置しながら、一つのまとまった体系につくりあげていくことが求められる。表現教育は、創造教育でもある。

 この2年間の実験でわかったことの一つは、学生のほぼ全員が根強い文章コンプレックスに悩まされていることだった。文章を書くのはもちろん、文章を読むということに対しても多くの学生が抵抗を持っていることが確認できた。大学の1−2年生を中心とした学生が受講対象であったが、受験勉強の過程で、自己を表現することの素晴らしさを実感する機会が少なかったようだ。図解という表現手段を獲得した学生は、文章コミュニケーションの呪縛から解き放たれて、表現という行為に没頭する姿を見せた。

 二つ目は、自己表現という授業で図解を用いる場合、図解の対象とするテーマの選び方は教育効果を左右する要素となるということだ。二年間の実験でわかったのは、「自己」に深く関わるテーマと、「社会」に広く関わるテーマが効果的というということであった。「自己」は自分の内なる小宇宙に向かって、深く深く降りていくことである。大学入学後、自己のアイデンティティに関する関心が大きくなる。自分とは何かを考えたい、自分の考えを持ちたい、自己を発見したいという心の切実な動きである。自己に関する関心はその後も持続されるものの、もっとも強烈な時期である。図解を用いることによって、自分を見つめる契機になる。

 「社会」は自らの外側の大宇宙に向かって、広がっていくことである。現実に今生起し、話題となっている今日的な題材を図解の過程で深く考えることになる。新聞や雑誌の記事、事件などの中で題材を選んだ。この実験で大きな成果をあげた題材は、「宮城大学の理念」と「参院選挙の各党の主張と公約」であった。

 情報というものは、主体的に自分が関与したもの、自分が深く処理したもの以外は頭に、残らないのであり、題材が自分に関係のある情報は教育効果が高い。 個人の問題とされてきた「自己の探求」と現実に生きている「社会との関わり」は、図解教育のテーマとして極めて有効である。

 「大学の理念」の図解化は、キーワードを10数個提示し、それを中心として自ら組み立てていくという方法をとった。得るものが多かったことと学生の要望も強かったため、結果的に3回の授業を充てることになった。初回は自図解を組み立てる。2回目は自分がつくった図解を用いて他の人へプレゼンテーションを行い、批評やアドバイスをもらう。またプレゼンテーションの過程で自らの図解の欠点に気づくこともでき、それらを踏まえて図解を修正する。3回目はその修正図を見ながら文章化するという作業に取り組んだ。その過程で大小の論理矛盾や新たな関係の発見や深化などを自分で発見し、図解の不備な部分、未熟な部分が確認できた。そしてそれを踏まえて3度目の図解に挑戦することで、自分の納得のいく図解ができあがっていった。
 昨年度は結果として大学の図解の理念が多彩な表現で300枚できあがった。理念は与えられるものではなく、自ら考え深めていくものということを学生ともども深く実感した作業だった。「3回も図解したので他の人にも宮城大学のことを紹介できるようになった。」「大学だけでなく自分にも理念が必要だ」などの感想が学生からは聞こえてきた。

 「参院選の各党の主張と公約」では、橋本総理退陣のきっかけとなった参院選の政党の公約を題材としてみた。新聞に出る「公約」は、経済・行革・福祉・環境・教育など相当大きな紙面を割いてはいるが、一種の表であり有権者には親切な情報提供ではない。学生は近々行われる選挙についての情報を前にして、真剣に取り組んだ。その結果、景気対策というテーマで、各党を比較した図解ができたり、教育・防衛・環境などテーマごとに比較した図解が多数完成した。また政策別に政策全般を比較した図解も多く見られた。自民党と共産党、自民党と自由党、自民党と民主党など政策の対立点を鮮明に表現した図解も多かった。投票率の低迷が続く中、地元の有力新聞がこの講義をとりあげるというハプニングもあり、現実の課題とからめながら講義の題材を選ぶことの重要性を再認識した。
 学生の感想は「○○党は難しい言葉が多く理解しにくいが具体的だ」「知識不足を感じた」「○○党の文章は長く、××党は短い」「日本の低い投票率にビックリ」(韓国留学生)など興味深いものであった。

 「文は人なり」という意識が強いため、日本の教育は、文章偏重になりすぎている感がある。文章を書くということは、ある問いに対する答えを書くということであって、その前段として、問いに対する答えを構築しなければならない。
 答えを見つけるために行う知的な活動の場面では、文章以上に、図解コミュニケーションという方法が有効である。
 特に教育分野における図解の応用範囲は広い。「自己表現」分野以外にも、教育手法・知識伝達手段としてあらゆる分野に適用できる可能性がある。また今回実験を行った大学教育のみならず、初等中等教育においても大きな可能性を秘めている。

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