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第5回「本物の日本人」に出会うために
原敬  墓石の表面には余の姓名の外戒名は勿論位階勲等も記すに及ばず

原敬 墓石の表面には余の姓名の外戒名は勿論位階勲等も記すに及ばず
 「平民宰相」として知られる原敬記念館を昨年11月3日に岩手県盛岡市に訪ねた。 翌日の4日が、首相在任中に東京駅丸の内南口で18歳の青年によって暗殺された命日である。原敬は1921年(大正10年)に65歳で世を去る。
  今年は1856年生まれの原の生誕150周年にあたるため、記念館では「原敬、故郷を想う−老い死なば茲に朽ちなん花のもと」という企画展覧を開催していた。暗殺の噂があったこともあり、原は死をも覚悟して遺書をしたためていた。「死去の際位階勲等の付与は余の絶対に好まざる所なれば死去せば即刻発表すべし」「墓石の表面には余の姓名の外戒名は勿論位階勲等も記すに及ばず」など原の政治を行なう決意をうかがい知れる言葉が並んでいる。

(中略)

 原敬という人物は、政治家として 、そして個人として本物の日本人であると大きな感銘を受けて記念館を後にした。
2006.2
ほんとうの時代
キャリア開発史 久恒啓一の紹介