1991年6月21日(金)
サラリーマン市民の視点で 危機感抱き空を飛ぶ
 高度1万メートル。間もなく成層圏に入る。岡留恒健さん(57)はかなたの地平線に目をやった。「やはりおかしい」。地平線は薄茶色のもやに包まれていた。
 以前は真っ白な入道雲が地平線に頭を出し、飛行機が近づくにつれ輝きながら雄大な姿を見せてくれた。つい20年ほど前のことだ。今はどうだろう。成層圏を飛びながら下の対流圏を見ると、昔は都市の付近でしか見られなかったスモッグのベールで地上がかすんでいる。コックピットから見る地球は「息苦しささえ感じている」ようだ。
 B747(ジャンボ)の機長、岡留さん。空の上から地球を眺め続けてきた。「病んでる地球」の症状はまだある。不規則に位置を変え蛇行するジェット気流。時にはそれが北極真上を流れているという驚くべき気象図。北極圏では吹くはずのない80ノットの強風。緑から茶に変色する地表。急激な砂漠化の表れだ。
 「人間の欲望を満たすには、地球はあまりにも小さすぎる」。フライトのたびにその思いは強まっていった。
 「美しい地球を次の世代に残そう」「生存への岐路と南北問題」「南の子供たちはなぜ死ぬのか」……。何度となく、地球の危機を訴える論文を社内報に寄稿してきた。ユニセフへの支援も社内に強く呼び掛けている。
 地球環境問題に取り組むようになったきっかけは、学生時代にまでさかのぼる。大学2年の時、テニスのインド選手権大会に招かれカルカッタへと向かった。デビスカップにも2回出るほどの腕前。初めての海外体験である。しかし、そこで見た光景は今でも脳裏に焼きついている。
 朝ホテルを出ると、道端で老人が倒れていた。息はない。街中でもあちこちで人が死んでいく。飢えて死ぬことが日常の風景の1つに過ぎない。それは、テニスの楽しい思い出などいっぺんで吹き飛んでしまうほど強烈な体験だった。
 寄稿したある論文の中に、南の人口増加に触れた部分で「人口を減らすことを論ずるのなら、2秒間に1人ずつ南の子供が死んでいても気にならず、享楽と消費以外に関心が無く、南の6倍もの食料を食べる人間を減らすのが一番効率がいい」というくだりがある。もちろん一種のレトリックとして言っているのだ。しかし、毎日4万人もの子供たちが飢えと病気で死んでいく現状に、あまりにも我々は無関心ではないか。怒りにも似た思いが文脈から伝わってくる。
 「最新テクノロジーの固まりであるこのジェット機でさえ、蚊ほどにも良くできていない。そのテクノロジーで自然に挑戦してきたつけが、次世代を担う子供たちに降りかかろうとしている」。そんな危機感を抱きながら、今日も汚れゆく地球の上を飛び続けている。
日本経済新聞

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