歌集 『風あり今日は』 |
歌集 『風あり今日は』 久恒啓子(波濤同人・日本歌人クラブ会員) 十年余の看とり辛からむと友は言ふ独りになるはもつと恐ろし 右の歌は十二月十九日の朝日新聞朝刊の大岡信選「折々のうた」にとりあげられました。長い間、ご主人の看護をされ、ご逝去される前後と博多の海への散骨まで目にうかぶような十三首をえらび転載させていただきました。(事務局) もの言えぬ夫がイヤリングして行けと耳朶(じだ)に手を当つ出かくるわれに 手真似する夫の思ひのわからぬば物投げて起こる幼子のごと 夫の足ややに腫れきぬ台風は気圧にはばまれ動くともせず 施設の夫に逢ひに行きたる帰り際(ぎは)ありがたうと夫の唇うごく 外出の夫の帰り来車椅子のタイヤにあまた花びらつけて もう一度元気になってといふ吾娘のことばに首を横に振る夫 昏睡の夫の脳裡をよもぎるものはイタリーの旅あるいは戦争(いくさ) 誰もこの喪失感に堪へしならむ空(から)のベッドへすぐに目がゆく 「お洒落して逝つて」と蘭を胸に置き夫の好みし背広におほふ 霊柩車のあとに従きゆくわれの眼に銀杏並木は黄に燃えさかる 三回忌 終へて一片の夫の骨たづさへて行く博多の海へ 崖下の渚に降りて二人子が夫の骨撒く姿見守る 何年か後にはわれもゆかむとぞしまし手を振るきらめく海に |
2005.1.1 |
知研フォーラム |