久恒啓子歌集 「風あり今日は」
古代の眼 現代の眼 弱者への眼

 夫が脳出血で倒れ片麻痺、失語症となって十五年、看護の碑が続く。そして迎える永訣の日。このようにして記して来ると看護に追われ心身疲れ果てた妻と、好転せぬ病状に焦燥感に苛まれる夫という構図を第三者は作りあげそうだが、著者は賢明に「私には万葉の世界があった」とそこを切り抜けている。
  筑波嶺の白木は雪か娘子が白布干せるやと詠はれし山   筑波山
  古代の眼現代の眼となり万葉の東歌読む雨降るけふは   古代の眼
 一年一回の旅行、スイミング、歌を作り東歌の研究をし講義をする。萬葉集 約四五〇〇首、東歌だけでも二三〇首、訛語を解明するだけでも難事、敬服すべき行動力である。
  シベリアに静脈のごとき皮の見ゆ捕獲収容所はいづこにありし  ゲーテ通り
  討死をしたるごとくに崩れ伏す後方守る士の兵俑  兵馬俑
 多くの旅行詠に点在する右のようなうたのそこに流れる著者の滅びたるもの、弱きものへの目差を信頼し評価したい。「波濤」同人、十年間の五百首を収める第二歌集である。
短歌現代十一月号
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