平成十一年度『図解表現と私』
この授業に出ることで、はじめて図解にふれた。 普段ノートに書く時に矢印や四角形、丸などを使ってきたけれど"文章の中に図がある"という感じになっていたと思う。今回図解を学んだことで"図の中に文章(メモ)がある"という形にできるようになった。 経験が浅いため、一度普通にノートを取ってその後に図にしてみる、というふうにしかできなけれど、身についてきていると感じている。時間は少しずつだけど短くなってきたし、文の内容に印をつけながら読めるようになった。これは私としては大きな成長だと思う。 機会があまりないので分からないけれど、どんな分野にでも図解は使えると思う。私でも、自己紹介、人物像など、いろいろできる。 私はもう三年生でございます。この講義を履修して感じた事、それは「何故、1年の時に、この講義をとらなかったのだー」です。1年の時に図解を学んでおけば、もっと効率よい効果的な講義になったと思う。 この大学に入る前から、宮城大には情報表現論というほかの大学にはない講義があると聞いていて、どんな内容かわからなかったけど楽しみだった。初めて講義を受けたとき、本当に私に文章を図に描けるようになるのかなぁと半信半疑だった。でも先生の講義、いろいろな人の図、そしてなにより、実際自分で描くということを通して、図解のすごさ、便利さ、分かりやすさなどがわかった。 文を図に表すことは、自分にとって初めての試みではありませんでしたが、この10数回の『情報表現論』の講義でたくさんの図を描き、様々な分野の記事などを読み、理解してきたことで、とても奥が深く、いかに、これから役立っていくかを学ばされました。1枚の紙に長々と文章が書いてあるのを理解しろといわれるよりも、同じ紙に図で表現されてあるものの方が、どれだけ分かりやすいことか!!今までの勉強法も、ノート作りも、学校で行ってきた自由研究も、図で表していたら、どれだけ時間がかからず、見やすいものが出来たかと思うと、何でもっと早く教えてくれなかったのかと悔やんでなりません。少しオーバーになってしまいましたが…。 最初、私は図解を使って自分の言いたいことなどが表現できるかとても不安でした。なぜなら、今まで、私にとって図解で表現することは無縁に近かったからです。 13回にわたる図解の講義を通して、これまで自分がいかに文章を適当に読んでいたかがわかりました。文章もろくに理解できないまま、ただ字だけを目で追っていたに過ぎなかったのです。しかし講義を通し、文章を読みながら傍線をひいたり、またその内容を図解に表すことによって、内容を理解することが出来ました。この作業をしなくても文章を読みながら頭で図解をイメージすることによって理解が可能になったり、理解度を深めることも出来るようになりました。今まで書かれてある文章が100%正しく、それを理解できない私は、頭が悪いのだと思ってましたが(まぁ確かに頭は悪いのですが)、文章も100%正しいわけではないということも講義を通して分かりましたし、また自分の意見も持つようになりました。図解の講義を通して得たものは、これからも役立てていきたいと思います。 図の大切さがわかった。図を描いてみることで自分が分かったつもりでいたことを再確認した。このわかたつもりがどれだけいい加減かを知ることが出来た。これからは頭や紙に書いて理解したか再確認したいと思った。 図解の技術を学べたのは、とても良かったと思います。他の講義でも、この図解技術はとても役立っています。たまたま月曜日の2限にこの講義をとったのですが、これは私にとって本当にプラスになりました。 これからも図解技術の向上に努めていきたいと思います。 講義を受ける前の自分 まず情報表現論の授業を受けて思ったことは、とっても良かったということです。初めのころは全然理解することが出来ず、時間もかかっていましたが、回数を重ねることによってかなり上達することが出来たと思います。また最終講義で自分の図が(SONYのやつ)でたときはとうとう情報のシャワーとして人前に出ることが出来たと、とても嬉しく思いました。これからも自分で何かを図解していくようにして、今までやったものをより伸ばしていきたいと思います。また後期でも先生の授業をとりたいと思っています。その時はまたよろしくお願いします。 図を描こうとする時、図の構成でなく、その描こうとしている内容をよく消化しなくては描けないと思った。毎回思うことだが、内容を理解していなければ、単語と単語とのつながり文章の流れ重要ポイントなどが分からない。文章を読むだけでは気付かなかった、あるいは気付けなかったところには目が届くようになりました。一番印象に残っているのは文章だけの場合と、図と文章を組み合わせた時の記憶力の違い。あんなにも差があることにとても驚いた。図解を用いることで看護する立場で有用なのは、患者に自分の症状を理解させやすくなること。また、何かの病気似ついての説明や、予防、対処方法についても、分かりやすくすることができるはず!!と思った。情報表現論を受講して、新しい広報から物事を考えられるようになり、世界が広くなったと思う。これから先、看護分野でもどんどん使える講義だったと思う。覚えたことをこれから使えるようにしたい。 覚えたことが多かった。講義ありがとうございました。 物事を真の意味で「理解する」ためには、じっくり読むだけでも、要点をつかむだけでも足りず、図解していこうするという方法が一番効果的であると初めて知った。これはそのまま現代社会に山積みとなっているあらゆる問題を解決するために最も必要なことではないだろうか。つまり、ある問題をじっくり観察し、諸々の立場の人間の意見をまとめるだけで、全てを知ったような気になっていては、何もならないということだ。根本的原因から、それが結果的に問題としてクローズアップされるようになったプロセスを理解し、さらにそれを解決するためには、今何が必要なのか、自分は何が出来るのかを図解して考察すると道は確かに開けてくる。私は将来、いわゆるマスコミ業界で生きることを望んでいる。一つのニュースをよりわかりやすく伝える人間になりたいのだ。公共のメディアでそれを行うということは、情報を的確に捉えていなければ行けない。将来の理想の自分へと近づくためにこの「情報表現論」は必要不可欠であると思った。 この授業を受けてもなかなか図は上手に描けるようにならなかったと自分で思います。どうも、私の図は相手への配慮を欠いたものになってしまうのでした。自分のために、"構造"を理解するための"メモ"で終わってしまうので。今日、講義も13回になり、やっと気付くことがありました。相手に提示する時、その内容が一枚で把握でき、見やすく、分かりやすく活用できるものであるべきだ、ということです。
今まで、何度読んでも分からなかったことが、図を描くことによって理解できるようになってきました。ただ、他の人と比べると全然自分の図が分かりづらく、まとまってないことに3回目あたりで気付き、それから週に3回ぐらい新聞の社説を図にまとめたり、先生の本を読んだりしたが、まだまだだということがわかったので今後も図を使い、この大学の卒業までにしっかりみんなに分かりやすい図ができるように頑張っていきたいと思う。 私は絵や図を描くのが苦手なので、この講義に初めて出た時、失敗したと思いました。しかし、図解というのは絵や図が苦手でも何回も描いていく内に上達してい言う物で、講義を受けていくにつれ、私の図解も解りやすくなってきているのでは…と思えるようになりました。 また、いくら下手でも図解をすることにより、文章の理解度が高くなり、わかりにくい文章が読めるようになりました。 今後、私が看護の道へ進んでいく上で、この技術は非常に役立つものであります。 これからも図解を続けて、もっと上達した図が描けるようになればよいと思います。ありがとうございました。 文章表現ばかりに接してきた私にとって図解表現という分野は全く新しいものだった。初めのころは、文章を図化することに対してどうしてよいのかわからずにただイラストの中に文章を書いていただけだったので、この講義の意味が良く分からなかった。しかし先生が「訓練すれば…」とよくおっしゃっていたので毎回参加したら、文章を図化することによって、いつのまにか内容をより理解できていることに気がついた。特に「大学の理念を考える」というテーマの時は、図を描く自分が理解した内容を誰からに「伝達」する方法を学べた。 無意識に図解を用いて理解し、整理しようとしている自分がいる。何か頭の中でわからなくなる(=整理がつかなくなる)とか身の上に論理を展開しようとしている。そして、この技術を学生時代に学ぶことができて良かったと思っている。欲を言えば、私は編入生なので臨床実習はもう終わっているのだが、実習のときに私の図解の技術がどこまで通用するか試してみたかった。でも、社会に出る前に、この技術にであったことは、きっとこれからの私にとってプラスになるに違いないと思う。そして、この技術、図解表現に関することを、もっと多くの人に知ってもらいたいと思うことができれば、国語の嫌いな小学生、本を読まない中・高生は減ると思う。それが実現できたとき、私達が図解表現技術を学んだ真の意味があるのではないか、と思う。私は図解と一生付き合っていきたいと思う。そして、この技術を大学レベルの教養としてではなく、もっと小・中学生の教養として自然と身につくような、学習形態にならないものかと考えている。 文章などを図解にするという作業は、大学に入ってから始めてこんなに詳しく勉強しました。 授業が始まったころの最初の方の図と最近の図を比べると明らかに成長したのがわかります。でも、自分の癖があって発想力や図解力は基本的に変わらない気がしました。 今回、高校時代には学習できないようなことを学べたので本当に良かったと思います。図解表現のようなことは、決して他の大学では学べないことだと思うと、宮城大学には入れてよかったと思いました。きっと、これから生きていく上でどこに就職するにしても大変役立つことに違いありません。数学や英語を学ぶことも大切だと思いますが、それ以上に大切なことを見つけることが出来ました。まだ、図解をすることが得意ではないけれど、4年間で必ず得意ではなくても、すらすら描けるまでには到達したいです。授業は今回で終わってしまうけれど、機会を見つけて自主的にやれたらと思います。 13回の講義を受けて、図解で表現することがスラスラできるようになってきたような気がします。実際に毎回、図解をしていくうちに、技術、テクニックが磨かれたような気がします。 今回私は「情報表現論」という科目をとって、改めて『自分の考え』は愚か『表現力』がないことを痛感しました。最初、図解というのは絵が上手くないと駄目なのかと思ったら、全くそれは関係ありませんでした。どちらかというと文章の要点を見つけ出し、それを簡潔にまとめる能力が必要だということが分かりました。僕はこの授業にほとんど出席し、図解にも毎回ちゅうしゅうして取り組んでいましたが、他の人のと比べると全然良くないことに気付いて、後半の方はあまり提出しませんでした。しかし、そのために余計に下手になった感じがしました。だから、これから文章を読んだとき、その要点を見つけてそれを完結にして図解する練習をしていきたいです。 今ままでじぶんから「文章を図に表してみよう」などとは考えたことがなかった。たまにテスト勉強などで簡単な図を作ってみたことはあるが、今考えればそれは図と言えるものだったかは分からない。 この講義に参加して、図解表現の基盤となる知識・技術を少し手に入れることが出来たと思います。 全くの新しい分野であった。国語という分類に入るのだろうかとも思ったが、その延長上にあるのではと思う。 最初、私は図解というのはイラストを描くようなものだと思ってやっていました。しかし、実際に様々な事柄を図解していくと、図解というのはその内容をはっきりと理解していないと描けないということや、文章のように流れをつかまないと駄目なのだということが分かってきました
。 図に表すことで今まであやふやだった部分がより明確なものになることが分かりました。自分がどこが分かっていて、どこを理解していないのかがはっきりします。 図解表現を学んで物事の関係を考え、理解しやすくなったと思います。たくさんのタイプの異なったテーマを与えられ、描いていくうちに文章の見えない部分も発見することが出来ました。 |