キャリア開発史

複業という概念を提唱 会話形式でわかりやすく伝える

坂本 樹徳著
定年準備 複業(ツウハット)のすすめ
 40歳からでは遅すぎる

 この本は退職準備研究会のPR読本である。
 まずこの本の時代認識であるが、今後のサラリーマン人生のイメージは決してあかるいものではない。つまり、退職金不払、年金減額、再就職困難、ポスト減、そして人生80年時代、これが前提である。

 本書は(複業のすすめ―40歳からでは遅すぎる)というタイトルであるが、どうも40歳という年齢はひとつの節目らしい。40歳に焦点をあてた本もかなりの数存在する。たとえば40歳からの老後経済学、加齢への挑戦(40歳からの意識革命)、40歳からのコンピュータ、40にしてマドモアゼルなど。今から15年後の紀元2000年には今35歳の人は50歳をむかえるのであるが、そういう意味では著者は団塊の世代をターゲットにおいているのであろう。この本の論旨にはいるまえにまず本業以外の分野を持つということ、あるいはそのような人々の呼名をあげてみよう。二足のわらじ、副業、兼業、もうひとりの自分、ライフワーク、マルチ人間、クロスオーバー、生きがい、余暇、特技というように様々の概念が存在し、なかなか整理されていないのが現状のようである。このような状況下において著者は複業という概念をあらたに提唱する。

 「会社の仕事と人生計画を両立させる。二つの主を両立する。知的にも能力的にも体力的にも優れたものを持たねばならない。強靭な意志と能力が要求される。リスクは厳禁。それが気になってしまうようなもの(株など)はやめよ。複業の収入を生活にいれない、生活が乱れるから。若いころから自主管理をすすめ、自立の準備をすすめるべきだ。」この複業(TWO HATS)という考え方は、欧米によくあるように昼はバスの運転手、夜はタクシーの運転手というように異なった帽子をかぶるという人のことから、TWO HATSという言いかたになったもののようである。この言葉はアメリカから輸入したものだが、日本語の二足のわらじという言葉には、やくざの世界で二人の親分のところにわらじを脱ぐということは二心をもつことだというマイナスのイメージがどうしてもつきまとうことから、あえて新しい外国語をつかい、そのうえであらためて日本語に訳したということであろう。

 人生70万時間時代のなかで余暇時間は60万時間余。余暇は人にたいし、自己実現の問題を提起するが、それとおなじようにこの複業という概念は、何をもうひとつの職業にするかと考えるときに完全に自由であるがゆえにかえって厳しい選択を迫ることになることがこの本を読むとよくわかるのである。余談だが同じような概念を示すのに、日本では足に履くわらじをイメージするのであるがアメリカでは頭にかぶる帽子であるのが面白い。

 さてその複業の具体例であるが、関東電気工業に勤めながらヒラメキ研究会に所属し中小企業にアイデアを提供し会社からの年収を越している人。オリンポス工業に勤めながら弁理士として特許出願の仕事をしている人。大友化学に勤めながら奥さんにクリーニング取次店を七件経営させている人。大日鉄に勤めながら日本造園造形協会の副理事長を勤める人。全員が自己の知的財産のたなおろしを行い、趣味や特技を複業に結びつけることに成功した人々である。ここで成功している人の共通した条件はというと本業、趣味、家庭の関係をうまく処理している点である。本業との両立は可能であるがむずかしいのは家庭との両立である。この本では奥さんをまきこんだ形で最後には光明をみつけるのであるが、ここは案外重要なポイントである。

 もうひとつのポイントは、仕事と趣味が生活全体のなかでどのくらいの比率であるかである。たとえば分かりやすいように比較的著名な人の多い知的な分野に趣味を持つ人を例にあげながら分類し、どのような人が複業にあたるのかを私なりに考えてみよう。
  趣味が、単なる趣味で終る人。単業。ほとんどの人がこれにあたる。  仕事と趣味が一致している人。専業。例として長銀常務でエコノミストの竹内宏氏。
  趣味が副業化している人。副業。あくまでアルバイトの領域にとどまっている人。趣味がもうひとつの職業となっている人。複業。例として東京相互銀行マンで作家の山田智彦氏。山田氏は二足どころか『サラリーマンが三足のわらじをはく時』という本までだしている。
  趣味が肥大化して独立してしまう人。独業。例として通産官僚から作家となった堺屋太一氏。
  趣味が肥大化して学者になった人。転業。例として科学技術庁の役人から筑波大学の助教授になった中川八洋氏。  これで著者のいう複業なる概念がおわかりいただけたと思う。

 さて、この本の表現テクニックであるが、小説スタイルをとっており平板な説明をおこなうよりも説得力がある。また会話形式による丁寧な説明という手法を採用しており、噛みくだいた表現とあいまってわかりやすく伝えるという意味では成功している。最後に注文だがTWO HATSの例を外国もふくめてたくさんあげてほしかった。因みに中国においても、役人と民間人を兼ねることもあるという。そしてもうひとつは、時間の使いかたについて、五時以降と土日はもうひとつの仕事に精をだせと述べているだけだが、複業人生を実現できるか否かのポイントであるだけにもうすこし具体的なヒントを述べてほしいとも思った。 (新書判、198貢・650円・光文社) (ひさつね・けいいち氏=「知的生産の技術」研究会編集局長)

★さかもと・じゅとく氏は情報科学研究会、退職準備研究会主宰。西南学院大卒。著書に「大新聞のウラをどう読むか」「情報の捨て方」など。1935(昭和10)年生。 1985・5・13号 週間 読書人

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