キャリア開発史

アングル―――余暇の能力

余暇推進者の余暇
 国の余暇政策を立案している官僚、余暇の素晴らしさを推奨している雑誌の編集者、余暇の過ごしかたを提案しているテレビのプロデューサー、豊かな余暇生活の意義を強調している新聞記者、余暇獲得のために先頭に立つ労働組合の役員、実はこれらの人々の余暇はもっとも貧しい。その一人、朝日新聞政治部の木村伊量記者(33歳)はその実態を次のように紹介している。
 「帰りは午前2時、3時。仮眠をとって早朝の朝回り。新聞で日本人は働き過ぎだ、なんて批判しながら、これですもんね」(雑誌 ダカーポ)
 現代の日本の余暇の供給は質量ともに極めて貧弱であるが、遊びを知らない人が作った施設やシステムは楽しいはずがないのである。

都市化と余暇
 世界32か国一〇六か所にバカンス村をもつ、地中海クラブのトリガノ社長は、日本進出にあたり、「バカンス需要は都市化の進行とともに生まれてくる。都市への移住から3世代が過ぎ、田舎に祖父母がいなくなる世代からバカンス需要は一気に増える」と注目すべき発言をしている。調べてみると、'50年に人口の37%が都市に住むにすぎなかった日本は、'55年には56%の都市居住率となり、その後も高度成長期にかけて大都市圏への急激かつ大量の人口集中が起こっている。'55年に20歳前後で上京した青年は現在50代の前半であるが、田舎に住む親は80歳前後であり、そして子どもは、30歳前である。
 つまりこの10年を待たずして「田舎に祖父母がいなくなる」世代が社会の中堅になり、その時日本のレジャー需要は爆発するというのである。都市化は工業化から生まれるものであるから、産業革命の達成の早かった欧米の諸国はすでにマス(大衆)レジャー(余暇)の時代に突入している。

日本人は現代のスパルタ人か
 急激な成長を達成した日本は、その大幅な貿易黒字の発生の結果として、円高を招来し国全体で苦しんでいる。競争に勝つたびにさらに強力な敵が現われ、さらに努力しなければならないというジレンマに直面している。平和のもとに余暇を楽しむのが本来のライフスタイルなのであろうが、戦争に明けくれた古代のスパルタ人は、戦闘をしているうちはよいが、戦争に勝ったあとの暇な生活を送る方法を知らなかったために滅びたと、哲学者アリストテレスも言っている。彼らに欠けていたのは仕事(戦争)とは別の高級な余暇需要能力である。それは音楽、美術、スポーツ、読書、旅などの系列である。現代の日本人はこのスパルタ人によく似ている。
 「レジャーに耐える方法の学習」(清水幾太郎)は今日の重要なテーマであり、平和時の閑暇の送りかたを教育の目的としたアテネに着目してはどうか。

たとえば「余暇能力」開発の旅を
 さまざまの態様の余暇がある。創作、けいこごと、学習、鑑賞、ゲーム、ギャンブル、旅行、スポーツ、交際、休養、などなど。
 このうち旅行は、その希望者の多いことでは他のジャンルを圧倒している。そして余暇を楽しめる能力は、若い時代に獲得しなければならない。この事を考えあわせると、余暇能力開発の旅という分野が浮上してくる。つまり、バレエやミュージカル鑑賞の能力を高める旅、あるいは小型飛行機の免許をとる旅、スキューバーダイビングの資格をとる旅、など。いつまでもグルメや温泉の旅の時代ではあるまい。このような「能力開発のための旅」の提案は、余暇産業に新しい展開をもたらす可能性があり、また、なによりも高齢化社会のための遊びの能力の開発という意味でも、一考の余地ありと考えるがいかがであろう。

余暇産業の旗手としての自覚を
 余暇開発センターの予測によると、紀元二〇〇〇年には現在二、一〇〇時間の実労働時間は、一、五〇〇時間までに短縮される。これは余暇の最先進国である現在の西ドイツより、さらに一〇〇時間ほど労働時間が少ないという水準である。その西ドイツの1週間の実労は三六・五時間、そして週休2日以外の有給休暇は31日(日本の年休取得日は9日)である。
 このように定年までの生活も大きく変化するのであるが、さらに定年後の数十年におよぶ、「毎日が日曜日」である膨大な時間の空白が発生するということである。
発表以来、異常なほどの反響と反発に見舞われた通産省の「シルバーコロンビア計画」は、コロンブスの新大陸発見の五〇〇年後の'92年完成を目指して、豊かなシルバーライフを海外の新天地(コロンビア――コロンブスの国)に発見しようとする計画である。この計画への当社の取り組みについては、一般の目に触れるのは国際室調査部の「海外で豊かな余生を」(昭和62年1月)という小冊子だけである。この中で当社の対象者の調査結果を紹介しているが、積極的願望派および条件付賛成派を含めて、対象17人中10人が関心をもっていることが報告されている。
このような実験的な試みに対して、余暇産業の社員としての自覚をもって、積極的にトライする精神をもちたいものである。
 またこのような時代の中で、当社としては狭量で心配性な反対論者を避け、この「シルバーコロンビア計画」などに「一つの試みとして、今後の展開を注意深く見守りたい」「無関心ではあり得ないプロジェクトだと思われる」(前出の「海外で豊かな余生を」)などと消極的なことを言っていないで、経営政策、営業方針、関連事業展開などの面から積極的に支持、関与することが必要である。余暇産業の旗手を目指すならば、商品である余暇を熟知することは当然のことであり、また、新商品の開発にも熱心でなければならないのである。

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