軌跡―私の知的生産―3/4 海外生活をするということは、自分の人生にとって大変重要な意義を持つことだと考えましたから、私は毎日、日記を書き経験をひとしずくもみのがさないよう努力をしました。自分の歴史は、一度分解して自分自身の手で再構築しない限り明確な姿をあらわさないと思います。私はロンドンでの一年間の生活を、項目別に整理してまとめてみました。知的生産編、芸術鑑賞編、旅行編といった具合です。 私は20歳代のうちにライフワークを決めてその後はそのテーマで自分の生活を統一していこうと以前から考えていました。今は先に述べた通り、色々な国の勤労事情の勉強をつづけたいと考えています。そういう風にテーマが決まってくると情報が見えてくるようになりました。何を見てもそうした面からみるので、情報が耳に入りやすくなりました。 研究や意識調査を行う時の心構えなんですが、どこに行っても、「ここは外国なんだ」と思うことにしています。自分と同じだと思うから腹が立ったりするんで、国内にいて、国内のことを調べる時でも、ここは外国だという意識で客観的にながめるように心がけています。 旅行についてですが私は学生時代から海外に足をむけていますが、自分の旅を「文明の生態史観の旅」と呼んでいます。これは、梅棹先生の「文明の生態史観」を自分の眼で確かめる旅という意味です。現在までに、旧大陸については中国以外は大体まわりました。 日本のマスコミは腹のたつほど自虐的で常に、日本はだめだとばかり言っていますが、私の見聞では、日本の評判はどこに行っても非常によい。日本の経済進出が、東南アジアだけでなく、ヨーロッパやアメリカで摩擦をひきおこしています。確かにアメリカの中に入っていく場合相手を理解することも大切でありますが、逆にアメリカ人の国民性を日本人が飼い慣らしていくという面もあると思います。ヨーロッパでも、英国における私の企業をみても、英国人が日本的なやり方にかなりなじんできています。 ライフワークを考える時に、自分の入った会社の仕事と全く切り離して考えると困ったことになります。自分の興味と会社の仕事をどう組み合わせるかということが、私の年来の大問題だったのです。それが「人事勤労人類学」という形で解決がつきつつあります。英国やオマーンについての研究も続けたいし、勤労の世界比較をやりたいし、会社での自分の仕事としては人事勤労関係にすすみたいと考えています。ここまで考え方がまとまってきたのも、自分は何をしたいのかをみつめていた結果だと思います。ライフワークを決めるとき、会社の仕事と別のものを選ぶより、何とか関連を持たせるという努力が大事だと思います。 これまで私は、1つの転勤先(3年くらいの周期で職場をかわるのが一般的)ごとに、一つの知的生産物をつくってきたように思います。今後は、1年に1つぐらいはちゃんとしたものをつくりたいと考え始めました。毎年毎年、積み重ねていきたいと思います。 さて次に、知的生産の技術という観点から日常生活の信条や考え方をまとめてみましょう。 1.「メモ魔になること」私は何でもかんでもメモすることにしています。なぜかというと自分を信用しないからなんです。仕事を始めて自分がいかにずぼらであるかに気がついたのです。あっちこっちからくる苦情に対する自己防衛という形で頼まれたこと、やったことやらなければならないこと、会議などすべて1冊の大学ノートに書くようにしました。この1冊のノートが自分の生活を集約しているという訳です。すでにこのようなノートも6・7冊たまりました。これから一生このようなノートをためていこうと思っています。このノートの集合体が私の仕事の全てであるということになると思います。このノートの中には、私的な事柄もかなりの量、入っています。公と私を全く別のノートにするという考え方もあるでしょうが、私の場合は公も私も一緒になっています。このノートの中には、アイデアとか頭に浮かんだこと等すべて書き散らしています。中々楽しいものですよ。 2.「懸賞論文に応募する」自分の興味と関係ありそうなテーマだったらなるべく応募してみるように心がけています。何か目標があるとその事を中心に情報が見えてきますし、自ら自分にプレッシャーをかけておかないとすぐになまけてしまうんです。1つのチャンスです。 3.「自己の歴史を常にふり返る」過去のうえにたってしか自分はない。飛躍はありえないんだと思っています。自分の歴史をみつめなおすことによって常に自分を確かめることにしています。 4.「何かやったら必ず記録に残す」 5.「テーマは自分で選ぶ」自分で選んだテーマを自分で解決することによって、知的生産の能力がつくんです。 6.「手法・技術を大切にする」 7.「テーマは大きすぎてはいけない」大きなテーマを持とうとするため結局なげだしてしまう人が多いのです。日本経済について、なんていうテーマをやろうとすると、手におえなくなってしまうのです。テーマは等身大よりやや大きめのものを選ぶべきです。 8.「個人で行う知的生産と仲間で行うものとを分けて考えたほうがよい」仲間でやる方は、知的生産の技術というより、人間の集団をどうやってひっぱっていくかという問題だと思います。これなどは、企業における管理の技術に通じることです。その時に大切なことは、自分がめだったり、ほめてもらおうという気持ちではダメで、つとめてへりくだってやらないとチームワークとしてはうまくいかないと思います。 9.「いいテーマを持つこと」テーマが悪ければ絶対によい結果はあらわれないということです。いいテーマの選び方は、「カン」なのですが、新聞や雑誌をながめて「今、世の中でこんなことが問題になっているな」ということを頭に入れておくことだと思います。私は「中央公論」を毎月読むようにしています。ここには、現代社会のかかえている大きな問題がたいていは入っているからです。週刊誌だとまどわされてしまって、世の中の動きをつかみずらい面があるんです。月刊誌を読むべきでしょう。それから、政府の発行する「白書」です。これは非常に役立ちます。 10.「どんな小さなものでもいいから、自分で企画して、自分で解決し、報告書をつくってみる」そうすることで、自分は現状から脱皮できる気がします。知的生産の技術を習うことも大切ではありますが、とにかくやる男にはかなわない、ということです。 |